特集

ホーム の中の特集 の中の細川コレクション永青文庫展示室オープン!

ココいこ!熊本

バックナンバーへ

細川家の芸術が今ここに 細川コレクション 永青文庫展示室オープン
 

戦国時代から続いた大名・細川家の、700余年におよぶ貴重な美術工芸品や古文書などの文化財を管理保存・研究している「永青文庫」。国宝8点、重要文化財31点を含む約4000点の美術工芸品、約43000点におよぶ古文書など、国内有数のコレクションを誇ります。
細川家の居城であった熊本城は昨年築城400年を迎え、今年は新名所となる「本丸御殿」も蘇ります。広大な熊本城内に位置する熊本県立美術館では、今年4月25日、「永青文庫」の常設展示室をオープン。これを記念し、開館記念展「細川歴代の文と武と美」が2度にわけて開催されます。
第1部は、平成20年4月25日(金)~7月6日(日)まで。永青文庫展示室だけでなく、美術館本館2階展示室も使用。国宝2点を含む約160点の美術品や古文書で、中世から現代まで続く細川家の事跡をたどります。第2部は7月15日~12月24日まで。「大名調度の美」「能面能装束の美」「武具の美」などのテーマで、細川家名品の数々が登場しますのでお楽しみに!
 
開会記念展「細川歴代の文と武と美」第1部
会期 平成20年4月25日(金)~7月6日(日)
会館を記念して「永青文庫展示室」だけでなく本館2階展示室も併用する大規模なもので、国宝《時雨螺鈿鞍》、国宝《太刀銘豊後国行平》2点を含む200点以上を展示します。
中世から熊本藩主を経て現代に至る、細川家歴代の当主と夫人たちの実績を、美術品や古文書等で解りやすく紹介しています。
 

重要文化財 細川澄元像

絹本著色 掛幅装
縦 119.7cm   横 59.7cm
室町時代(永正4年=1507)

景徐周麟(けいじょしゅうりん)賛 細川澄元(1489~1520)は、戦国時代阿波国の守護細川義春の子。阿波国から上洛して細川澄之にかわって京兆家の家督となりました。永正4(1507)年、澄之らに攻められ近江に落ちましたが、高国らが澄之を滅ぼすと再び入京して家督を回復。この像はそのときの勇姿を描かせたものでしょうか。絵の筆者は、狩野元真(元信カ)と伝えられています。
賛者・景徐周麟(1440~1518)は、当時京都相国寺の住持。
 
重要文化財 鵜図

宮本武蔵筆
紙本墨画  掛幅装
縦 120.6cm   横 56.4cm
江戸時代

宮本武蔵が水墨画をよくしたことはよく知られていますが、武蔵があまりにも有名なためか、いわゆる偽物も少なくありません。本図の様式的特徴は、濃墨で描かれた脚や水掻きが画面を引き締めていること、眼が丸く描かれておらず墨を含んだ筆で一突きして表されていることなどで、これらは武蔵画の特徴そのものと認められています。また、本図には「武蔵筆」の署名と「寶」と読める宝珠(壺ヵ)形印が捺されていますが、この落款は、武蔵の基準とされるものです。
 
  細川重賢写生帳 「もうかいきかん」

紙本著色 画帳
江戸時代中期

細川重賢(1270~85)は、肥後熊本藩主・細川家八代藩主。1747年、兄宗孝が江戸城内で旗本板倉勝該にまちがって斬られ不慮の死を遂げたため、急遽藩主となりました。逼迫した藩財政を立て直すため藩政改革を断行(宝暦の改革)したことで知られています。博物学に関心が深く、「毛介綺煥」は、多く残した動植物写生帳の一つ。狼や鰐やアサヒガニなど珍しい生物の写生図が収められています。
 
ぎんざねたくぼく いといむけくれないおどしぐそく

細川忠利 所用
江戸時代初期 17世紀

関ヶ原の合戦など生涯に50余度の合戦を勝ち抜いた細川忠興(ただおき《三斎(さんさい》1563~1645)が、みずからの経験をもとにして創意工夫を凝らした実戦的な形式の鎧を「三斎流具足(さんさいりゅうぐそく)」と呼んでいます(細川三斎が越中守であったため、「越中流(えっちゅうりゅう)」とも呼ばれます)。これは、肥後熊本における細川家の初代藩主となった細川忠利(ただとし/1586~1641)が用いた三斎流具足。忠利が、島原の乱に着用したと伝えられている由緒ある品です。
 
重用文化財 しろいとつまどりしほうじろ さんじゅうろくけんほしかぶと

伝 細川頼有 所用
鎌倉時代末期~南北朝時代、14世紀

細川家の始祖・細川頼有が用いたものと伝えられる由緒正しい兜。頼有が、延文3年(1358)の京都での合戦に着用したものと伝えられています。鎌倉時代の兜の様式をよく伝えている優品です。ことに正面の鍬形台の造形はまことに巧緻で、当時の金工技術の粋といわれています。なお、右側の吹返には太刀疵が残っており、実戦に用いられたことを物語っています。
 
国宝 しぐれらでんくら

前輪高29.7cm 後輪高35.0cm
鎌倉時代

この鞍は昭和63年に修理され、貝の表面の一部を覆っていた透漆(すきうるし)がはがされました。これにより七色の夜光貝が鮮やかさを取り戻し、貼りつけた貝片が地の黒漆面より突出する迫力ある装飾面が露わとなりました。松樹と葛(くず)の葉蔓(かずら)が絡みあい、輪状の曲面に枝葉がしなりながら強風になびく文様は、息詰まるほど鮮やかな意匠。さらに鞍の中央に『時雨』の字が見えており、葦手(あしで)と呼ばれる10個の文字が隠されています。これは、葦手意匠の傑作と言われています。

国宝 たちめいぶんごのくにゆきひらさくいっこう

刃長 80cm
鎌倉時代初期

行平(ゆきひら)は、鎌倉時代前期に活躍した豊後国(現大分県)の名刀工で、後鳥羽上皇に仕えた刀鍛冶の一人と伝えられています。この太刀も腰反りのある優美な姿で、行平作らしい品格の高い名品です。なお、この太刀は細川幽齋が烏丸光広(からすまるみつひろ)への「古今伝授」の際に記念に贈ったものとして知られています。昭和になって再び細川家の所有となりました。



 
  重用文化財 石造如来坐像

白大理石製 像高 57.6cm
中国・唐時代 8世紀

白大理石製の如来坐像です。お顔はまことに端正で気品に満ちており、肉身の起伏が自然で、衣の表現も流麗。唐時代・8世紀は、中国の仏教美術の全盛期ですが、この時代の仏像のなかでも最も優れたもののひとつです。細川護立氏が収集されたもので、中国・西安の青龍寺から伝来したものといわれています。
 
重用文化財 黒き猫

菱田春草 筆
明治時代 1910年

柏の曲がった幹にすわる一匹の黒猫、目は正面を見据え、その毛はふんわりとした触感を伝えています。曲がって一旦画面から離れた樹幹は、上方で金泥を施された葉を伴い再び画面に入ってきます。この空間の広がりを装飾的な構成でまとめ、写実的な黒猫との対照において、画面の緊張感をつくりだしています。「落葉」とともに、春草の代表作とされるこの作品は、そのまま近代日本画の記念碑的作品となっています。

 

熊本県立美術館本館地図


■熊本県立美術館本館
TEL:096-352-2111
HP:http://www.museum.pref.kumamoto.jp/

←地図はクリックで拡大

バックナンバーへ

▲ このページのトップに戻る


CopyRight ©   Kumamoto Prefecture Tourist Federation. All Rights Reserved.