特集:歴史回廊くまもと魅力発見の旅
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特集:歴史回廊くまもと魅力発見の旅
熊本城
行程
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熊本城
花畑邸跡→行幸橋と下馬橋跡→備前堀→竹の丸→東竹の丸→飯田丸→二様の石垣→地蔵門基礎→地図石→数寄屋丸→平左衛門丸→大小天守石垣→首掛石→銀杏樹


[ガイドからのご案内:熊本市文化財専門相談員 富田紘一 ]
日本三名城の一つに数えられる熊本城は、本丸を含む主用部分が特別史跡に指定され、西南戦争の戦禍から免れた宇土櫓をはじめとする建造物は重要文化財として大事に守られてきました。それに加え、近年になり西出丸・飯田丸・本丸で門や櫓それに本丸御殿が復元され、往時の姿を取り戻しつつあります。この威容を偲んで、国の内外から数多くの方々が訪れ、平成20年度には222万人を越え、全国の城郭のなかで最多の入場者を記録しています。
往時の熊本城では大小天守閣のほかに、多層櫓として五階櫓6基・三階櫓7基が各曲輪に聳えていました。その景観は北面や南面の絵画に数多く描かれ、往時の壮観を偲ぶことができます。これらの建造物にもまして熊本城の名を高めているのが見事な石垣です。俗にこの石垣は「清正公流」とか「武者返し」とかよばれています。「武者返し」とは、石垣を登って攻撃する鎧武者が、上部で反るため行く手を阻まれヒックリ返るという意味です。
ところが熊本城の石垣はよく監察すると、構築の技術や形態など、色んな特徴があることが判ります。通説では熊本城の築城を、関ヶ原の戦いの翌年慶長6年(1601)に開始し、同12年(1607)に完成したとしています。ところが戦いの前の不穏な事態に備え、中心部である本丸付近は慶長4年頃に、いざと言う時に備えた詰の城を築き始めていたようです。また全て完成したのは加藤家2代目の忠広の時代だったようです。そこでこの間の石垣を、特徴によりⅠ~Ⅵ期に分類して、石垣構築の過程を知る手掛かりとしています。そこには途中まで登りやすい「武者返し」から、技術が進化しとても登れない「武者登れず」といえるようなものになっているのが判ります。
ガイド紹介
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熊本市文化財専門相談員
富田紘一 
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◆おすすめスポット
熊本城は総面積98ヘクタールにも及び、各方向から楽しむ事が出来ます。その中での「おすすめ」となると難しいのですが、幾つかをご紹介します。大小の天守閣では、東西から眺めた二つ並んだ姿が雄大ですが、時刻により日差しの方向が違い印象が異なります。往時のままで残る唯一の多層櫓である宇土櫓は、天守下の曲輪内の姿も堂々としていますが、加藤神社鳥居脇から空堀越の眺望は高石垣の上に聳えた絶景です。二ノ丸の芝生広場から本丸方向を望むと、地点により天守の重なりが異なる面白みがあります。真西方向から見ると、大小天守と宇土櫓が等間隔に並び、明治初期の古写真の影像と同じ景色が楽しめます。長塀の内側の竹ノ丸から本丸を見上げると、左右に七重八重の石垣ラインの中央に大天守が鎮座した景観となります。このほかにも、季節・時刻・天候などにより様々な雄姿を望むことが出来ます。

◆おすすめの一品
熊本城の本丸域には、天守閣下に一つだけ売店があります。面積も狭く品数も限られますが、熊本城関係の書籍を各種取り揃えているのも特徴です。ここのほか、入場の売券所では『熊本城みてある記』という案内本も販売しています。書籍の値段も200円から14.000円まで、普通の書店に置いてないものもあり、意外な1冊に会えるかもしれません。 ※写真説明 『熊本城みてある記』熊本市広報課発行、1冊200円

地図














































